もう21世紀だしアプデしておくべき組織で働く個人としての小さな心得2+1

21世紀的な今を生きる組織人として大事にしている考え方

ある尊敬する人から教えてもらったことです。トマ・ピケティの「21世紀の資本」でもこんな話があるとかないとか?とりあえずソースはそんなかんじです。
僕自身が組織のマネジメントに従事し、うん十人の仲間と働く中でめちゃくちゃ大事にしている価値観です。

サマリーすると下記です。詳細は省きますw

  • 上記の写真の上は対社会(自分の外側、友達とか会社とかコミュニティとか)、下は対自分(自分の内側、心とかスタンスとか)の意味。
  • 20世紀と21世紀の「肯定」と「否定」の力学が逆転した、と言われている。その肯定と否定の力学はいろいろ要素はあるが平たく言うと高度情報化社会になることで変化が起こっている
  • 20世紀は「一様で、絶対の自信を持って挑んでいくこと」がもてはやされやすく、21世紀は「多様で、自身の強み・弱みを知り挑んでいくこと」が求められている
  • 20世紀:対社会に対して「否定力」をかけていた。会社でいうと「君たち、ちゃんと管理しねーとサボるでしょ?」みたいな考え方が根本にあり、自分に対しては「絶対に折れない心を作ろう」が主流。
  • 21世紀:対社会に対して「肯定力」が求められ、会社でいうと「山田くんはここが強くてここが弱いね。田中くんはここが強みで、そこが弱みだから、山田くんと仕事すれば、強みが更に活かされるね!コラボっちゃいなよ!」といった会話。対自分に対しては、建設的な否定力を自身にかけて「自分ってどんな特徴があり、どんな強みにしていこうか?どんなときに弱みが出てしまうのか?」みたいな問(←建設的な否定力)をかけて自身を知っていくことが大事
  • この価値観の変化の中で、会社のあり方も変わっていて、個人が台頭「できる」社会になる前兆中なのが今。過渡期です。
  • 会社に個人が隷属する時代は終わった(会社>個人)。これからは個人を中心に考え会社を考えていく(会社<個人)※ただし、個人に会社が隷属する、という意味では決してない。

そんな中で重要ないち個人としての働き方の2つの危険な考え

(1)マネジメントされないと力を発揮できない

僕自身もそうでしたがマネジメントされることに慣れてしまうと、それが自分のベースになってしまい、いつまで経っても管理される環境じゃないと自分は働くことができない!ということになってしまう。同じ場所、同じ時間、同じ価値観じゃないと働くことができないんじゃ・・・という一種の思い込みも生まれてしまうんじゃないかな、、って。

その価値観でいることはとても怖くて、マネジメントされなくても機能していく自分を見に付けていこう、というスタンスがなければ、これからの会社と個人のあり方の中ではもったいないことになってしまうんじゃないでしょうか。

(2)良い上司に恵まれないと力を発揮できない

今僕がいる会社がどうこうではなく、たぶん世の中には常に20:80の法則(パレートの法則)はある。できる2割の人が8割の成果を出し、残り8割の人が2割の成果を出す、みたいな話です。

おそらく上司もそうで、10人いればできる上司、または自分に本当にフィットする上司って2人(多くても3人)程度。その5回に1回のくじを当てないと、自分はパフォーマンス出せません!ワークできません!という考え方にとらわれると漏れなく80%の確率でパフォーマンス出せない側になることに・・・。

上司がよっぽど悪い人じゃない限り、上司が誰だろうと一定のパフォーマンスを出せる自分づくりをしていかなければならないんじゃないか、というお話です。

結局2つとも各論までいかず精神論っぽい終わり方になってしまいましたが、この2つは自分の中の原則としてとても大事にしていることです(とはいえ、自分もまだまだなんですが・・・!)

鋭きも鈍きも共に使い難し。錐(きり)と鎚(つち)とに使い分けなば。 by広瀬淡窓

マネジメント向けの心得としてでもありますが、いち個人としてもとても重要な考え方だと思っているので紹介させていただきます。

上記の名言は、僕がわりと好きな江戸時代の儒学者で広瀬淡窓という方が言った言葉。私塾の咸宜園とか作った人です。

豊後国日田郡豆田町魚町の博多屋三郎右衛門の長男として生まれる。少年の頃より聡明で、淡窓が10歳の時、久留米の浪人で日田代官所に出入りしていた松下筑陰(まつした ちくいん)に師事し、詩や文学を学んだが、淡窓が13歳のときに筑陰が豊後佐伯毛利氏に仕官したため師を失なう[1]。16歳の頃に筑前の亀井塾に遊学し亀井南冥・昭陽父子に師事したが、大病を患い19歳の暮れに退塾し帰郷。病は長引き、一時は命も危ぶまれたが肥後国の医師倉重湊によって命を救われる。その後、病気がちであることを理由に家業を継ぐのを諦めて弟の久兵衛に店を任せ、一度は医師になることを志すが、倉重湊の言葉によって学者・教育者の道を選ぶ。
1805年(文化2年)には豆田町にある長福寺の一角を借りて初めの塾を開き、これを後の桂林荘・咸宜園へと発展させた。咸宜園は淡窓の死後も、弟の広瀬旭荘や林外、広瀬青邨等以降10代の塾主によって1897年(明治30年)まで存続、運営された。塾生は日本各地から集まり、入門者は延べ4000人を超える日本最大級の私塾となった。
↑Wikipediaより

この人が言ってる言葉がこれです。

「鋭きも鈍きも共に使い難し。錐(きり)と鎚(つち)とに使い分けなば。」

この言葉に何かの本で出会った時に「言い得て妙!覚えやすい!例えうま!」とアハ体験(イヒ体験?w)したのは覚えていて、人の才能や特徴、人への任せ方・見極め方へのとても大事な視点をもらえました。

ざっと解説すると

  • ①錐(きり、穴開けるとかに使う工具)は板に小さな穴を開けることに長けているが、板を叩き壊すことには向かない
  • ②鎚(つち、いわゆるトンカチ、ハンマー)は板を叩き壊すことに長けているが、小さな穴を開けることには向かない
  • 錐(きり)に板を叩き壊すことを求めたり、鎚(つち)に小さな穴を開けることを求めたりすることは愚の骨頂。教育者として恥ずべきこと。
  • 人も同じで鋭い・鈍いいろんな人がいる。その人の強み・弱みを理解して、適材適所することが教育者のミッションだ。

みたいな考え方です。
例えばこれを仕事でみた時に

  • 戦略に強いor実行に強い
  • 営業に強いorものづくりに強い
  • マネジメント志向orスペシャリスト志向
  • ふろしき広げるのが上手い人orたたんでいくのが上手い人

などなどいろんな二元論は存在していて、個々人の強み・弱みを理解して任せていくことが大事。

ただし、これってマネジメントに重視されることになりがちだが、先に述べた21世紀的(もう今だ21世紀!)という意味では、個人に求められているスキル。

(+1)上司に「こう任せてくれ!」「僕のトリセツこれなんで!」って言えるくらいになろう。

自分の鋭さも鈍さも理解した上で「こう任せてくれ!」って言えるくらいになる自分を作っていかなければならない。「こうしなきゃ自分ワークしねーっす!」って言えるくらいにならないとコラボレーションとは言えないんだな、って。※ただし、好き嫌いとかだけで強み・弱みとか言ってると単なる困ったちゃんになるので気をつける必要あり。

偉そうに言ってるけど、自分もまだまだやりきれてないかな・・・笑

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